こちら側を向いてミカサの出口に立っているのが、創業者の松野正次。名古屋軍事工場へ徴用で出発する…まさにその時の写真です。国民は少年から壮年まで「根こそぎ動員」された時代。留守を預かったのは、女性のカメラマンでした。
その後、半年で正次は体をこわし静岡に帰ることになります。材料も配給でしか手に入らない厳しい情況下で、週に1度あるかないかの撮影日には、戦地に家族の写真を送りたいという人たちが、お店の前に長い列を作りました。当時の写真に込められたメッセージは、今も色褪せず、私たちにも色んなことを教えてくれる気がします。
とは言え、人々は暗い生活ばかりを送っていたわけではありません。当時の学生は、男女別々に分かれて行動することが多く、写真の撮影も同様で、ミカサでも曜日ごとに男女に分けて撮影が行われていました。それでもいつの間にか仲良くなってしまう学生さんたち…?!「ミカサ写真館」が出会いの場所でもあったなんて、なんだかウレシイですね。 |
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この頃、ミカサではこ〜んなかわいい女の子のイラストが描かれた袋に、出来上がった写真を入れてお渡ししていました。当時、学生の間では「交換写真」が流行っていたそうです。1人50〜100枚もの焼増し注文があったとか。これって今で言う「プリクラ」?!そこで初代が考えたのがこの袋。裏に時間割表までついているスグレモノ。
60年以上前のイラストですが、今の女子高生にもきっと「かわぃぃ〜♪」と言ってもらえるはず。正次の孫娘のハートもキャッチして、彼女がお店を手伝っている今では看板にも使われています。 |
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