静岡県葵区の写真館【ミカサ写真館】ホームへ
⇒ホーム
Service Menu
家族写真
七五三
成人式
入学式&卒業式
結婚式
結婚記念日
お誕生日写真
妊婦写真
赤ちゃん写真
子供写真
ペット写真
着物で写真
スタジオをとびだして
家族会員
撮影料金一覧
割引キャンペーン情報
Mikasa Menu
お知らせ
お店のご案内
店内&スタジオ
ミカサの歩み
リンク
5%OFF
Address
写真のミカサ (ミカサ写真館)
静岡市葵区駒形通1-2-4
TEL:(054)252-5611
AM10:00〜PM7:00 水曜定休
最近のミカサ
refurbishment
August 2006
Waiting for your coming!
 2006年8月に店内&スタジオをリニューアルいたしました。写真館と言うよりも、雑貨屋さんやカフェのような明るい店内です。
 お気軽にお立ち寄り下さい。
→店内&スタジオの様子のページはこちらです。
ミカサの歩み 写真館という仕事だからこそ残る貴重な写真と共に、
ミカサの歴史を振り返りました。
昭和13年
昭和13年

 11月3日、静岡市藤右衛門町[とえもんちょう](※現在の七間町)に、初代社長・松野正次により「ミカサ写真館」は誕生しました。
 お値段は、名刺サイズのお写真3枚1組で1円。当時はフィルムではなく、ガラスの板(乾版)がフィルムの代わりで、白黒写真しかないこの時代は、現像もプリントもすべて写真館お仕事。その作業は、朝まで続くこともしばしば。
  この頃は、女性のお客様が多かったそうです。

 こちら側を向いてミカサの出口に立っているのが、創業者の松野正次。名古屋軍事工場へ徴用で出発する…まさにその時の写真です。国民は少年から壮年まで「根こそぎ動員」された時代。留守を預かったのは、女性のカメラマンでした。
 その後、半年で正次は体をこわし静岡に帰ることになります。材料も配給でしか手に入らない厳しい情況下で、週に1度あるかないかの撮影日には、戦地に家族の写真を送りたいという人たちが、お店の前に長い列を作りました。当時の写真に込められたメッセージは、今も色褪せず、私たちにも色んなことを教えてくれる気がします。
 とは言え、人々は暗い生活ばかりを送っていたわけではありません。当時の学生は、男女別々に分かれて行動することが多く、写真の撮影も同様で、ミカサでも曜日ごとに男女に分けて撮影が行われていました。それでもいつの間にか仲良くなってしまう学生さんたち…?!「ミカサ写真館」が出会いの場所でもあったなんて、なんだかウレシイですね。
看板
昭和18年
昭和18年
 この頃、ミカサではこ〜んなかわいい女の子のイラストが描かれた袋に、出来上がった写真を入れてお渡ししていました。当時、学生の間では「交換写真」が流行っていたそうです。1人50〜100枚もの焼増し注文があったとか。これって今で言う「プリクラ」?!そこで初代が考えたのがこの袋。裏に時間割表までついているスグレモノ。
 60年以上前のイラストですが、今の女子高生にもきっと「かわぃぃ〜♪」と言ってもらえるはず。正次の孫娘のハートもキャッチして、彼女がお店を手伝っている今では看板にも使われています。
昭和22年
 空襲によって建物も機材もすべて失ってしまいましたが、この年、長野から木材を買って、駿河町(新通小学校のあたり、現在の駒形通2丁目)にて、ミカサは再出発しました。
 当時もまだフィルムはガラス板です。現像して乾かしていた乾版を、ネコに割られて大変!近所のお馴染みさんだったので、どうにか許してもらえたというエピソードも。
昭和22年
昭和23年
昭和23年
 駿河町と駒形通の区画整理で、今の場所に移転(駒形通1丁目)。
 住み込みで4人の従業員、朝8時から夜の10時までの営業で、休みは月に1回程度。七五三や成人式などの時期はさらに忙しく、夜なべするほどだったそうです。
昭和25年
 この頃の建物を改装しながら今に至っています。2階外観は今も変わらず、面影が残っている部分です。通りがかりにでもご確認下さい♪
昭和27年
昭和25年
昭和27年
 初代・正次はお店をいじるのが好きで、大工さんの出入りも絶えず、毎年のようにスタジオや店内が変わっていったそうです。そして、同じ血を継いで、二代目・松野崇、現在カメラマンとしてミカサで働く孫娘・奈津子も、改装が大好き!2006年8月には約30年ぶりに大改装しました。